やす も と 醤油。 みたらし団子

この泡を模して、串の先に1つ・やや間をあけた4つの団子を差して、その水泡が湧いた様を表している。 これはができたことによるとする説が有力である(団子1個が1文。 では"石谷(いしたに)もちや"などに「あやめ団子」 というのがある。

関東では団子が4個の方が多い。

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焼き目を付けられる団子 みたらし団子の起源は、下鴨のが行う「御手洗祭」「葵祭」とされる。 の「たれ包み団子」、(自主廃業、現在はが製造)の「みたらし花子」、の「元祖大阪みたらしだんご」(小豆の葛餡を入れた「浪花恋しるこ」という姉妹商品も存在する)がある。 他に、大正の頃に加茂みたらし茶屋の店主が醤油と黒砂糖を使ったたれを考え出し、これが好評を博し全国に広まったという説もある [ ]。

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本来は醤油のつけ焼きだったものの、やがてかけになった。 これらの祭りの際に神前に供えるため、氏子の家庭で作られていた団子が、やがて境内の店で売られるようになり、名物になったという。 この団子に独特の味つけを施したのが、前述の下鴨神社の氏子であった菓子店・亀屋粟義の主人であった。

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。 から期、がの際、御手洗池(みたらしいけ)で水を掬おうとしたところ、1つ大きな泡が出て、続いて4つの泡が出てきた逸話による説がある。 一番上の団子が少し大きく、連続している他の4個の団子と距離が置かれているが、 これは、串に刺さった団子をのに模していて、一番上は頭で残りの4個は四肢を表わす [ ]物だという。

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四文銭で団子1串。 新大正餅米と上新粉をブレンドした団子生地にの蜜をからめたもの(団子は4つ)。 異説もあるが、()にある御手洗池(みたらしのいけ)の水泡を模して、この団子がつくられたとされる。

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