くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる 意味。 美しい日本語の世界5 解説

おそらくは誂えさせたのだろうが、子規は麓の心づくしが身に沁みたのだろう。 空には無数の星があるのに、そのように一つの星を自分と関係づけていく。 そこで生まれた 「庭前即景」 十首中の三首目が 「くれないの」 の歌である。

「正岡子規のやうな人間、野心、功名心に充たされた大精力家が生涯を病床に暮さなかったなら、おそらく彼は実社会で活躍し、政治や実業や社会運動やまでにも手を出したらう。 くれなゐの梅ちるなべに故郷につくしつみにし春し思ほゆ正岡子規一尺に足らぬ木ながら百あまり豊けき紅梅の花こそ匂へ斎藤茂吉憂なくわが日々はあれ紅梅の花過ぎてよりふたたび冬木佐藤佐太郎一首目はつくしの時にも引きました。

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【鑑賞】 病床から見えたままを写しとることで、薔薇の芽のみずみずしさを詠んでいる。 藤の花は房になって垂れ下がっていますが、その花ぶさが短かったので、ということですね。 そして、針のような雨と表現されるときもあり、この辺も掛詞になっているのでしょう。

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「見れど飽かぬかも」は万葉集に見られる対象賛美の常套句。 『墨汁一滴』 『病状六尺』 『仰臥漫録』 などの随筆も名高い。 しかし、正岡子規が 5歳のときに父親が亡くなり、家督を母親の実家の大原家の貢献によって相続しました。

の順序になる所です。 」(句点)を打ってもいいくらいです。 技法はそれくらいです。

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また、病臥しているからこその短歌とは言っても、 じめじめとした暗さはありません。

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もう一つは、薔薇の芽に春雨が降るという点。 幕末の風雲児・坂本龍馬が、かなりの筆まめだったことはよく知られている。

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結核菌は子規の脊髄にはいりこんで病変をひきおこし、背中や腰の痛みとも戦っていかなければなりませんでした。 佐保神は子規の造語によるものだろう。

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